子ども脱被ばく裁判控訴審の焦点
子ども脱被ばく裁判控訴審の焦点
共同弁護団長 井 戸 謙 一
福島地裁の第1審判決は、原告らが指摘した様々な論点に正面から応えることなく、ICRPの考え方を無批判に受け入れ、行政の施策がそれに従っている限り、行政の裁量の範囲内であって許されるとして、原告らの主張をことごとく退けました。
控訴審では、裁判所に対し、控訴人らによる問題提起から逃げることなく、正面から答えることを求めます。そこで、控訴理由書では、裁判所が逃げてはならない論点を整理しました。
第1は、「子どもはいかなるレベルで被ばくから守られるべきか」という問題です。学校における子どもの健康は、学校環境衛生基準で守られています。学校環境衛生基準は環境省が定める環境基準に準拠しています。放射性物質が環境基本法による規制物質となった現在、そして、子どもの生活環境に放射性物質が拡散された現在、国は、放射性物質についての環境基準、学校環境衛生基準を定める義務があるのに、これを怠っています。ところで、環境基準は、生涯その環境で生活して10万人中1人が健康被害を受けるレベルで設定され
ています。他方、年1ミリシーベルト基準は、生涯で10万人中350人がガン死するレベル、年20ミリシーベルト基準は、10万人中7000人がガン死するレベルです。環境基本法下において、行政に、あるべき環境基準の7000倍もの基準を許容する裁量があるのでしょうか。それを問います。
第2に、「被災住民の知る権利」の問題です。災害から住民を守るのは国、行政の義務ですが、住民は単に守ってもらう存在ではなく、自ら被害を避ける主体でもあります。そしてそのためには、国・行政からの迅速正確な情報提供が不可欠であり、国・行政に対し、知る権利を持っているはずです。福島原発事故の際のSPEEDI情報等の情報隠蔽や山下氏による虚偽の情報提供は、裁量の問題ではなく、「被災住民の知る権利」の侵害の問題であると主張します。
第3は、国際人権のルールを適用すべきことです。原発事故を想定していなかった日本では、事故後の対処方法についてほとんど法律がありませんでした。そのようなときこそ、子どもに「到達可能な最高水準の健康享受の権利」を認めた子どもの権利条約や、一旦権利を認めた以上は、その実現を後退させる措置をとることは許されないとする「後退禁止原則」(国連人権理事会社会権規約委員会の一般的意見)に従った措置をとるべきであり、これを無視することは、行政の裁量の範囲を逸脱すると主張します。
以上、一部だけをご紹介しました。福島原発事故前、被ばくは低線量でもリスクがあるから、避けられる限り避けるべきというのは、社会の常識でした。今では、この常識が投げうたれています。仙台高裁には、もう一度、この常識に立ち返った判断を期待したいと思います。
以上